【FC版令和の虎161人目】500円食べ放題「牛たん たんと」のフランチャイズが同じ物件で月商3倍にした業態転換の設計
うちは立地が悪いから、と言い続けて3年経っていませんか。
同じ物件のまま、看板と売り方を替えただけで月商が120万円から400万円超になった店が、この番組に出ています。場所は1ミリも動いていません。
私は店舗の賃貸借契約に関する業務を10年以上、1,000店舗以上手がけてきた人間なので、立地を変えずに数字が3倍になった話を聞くと、まず契約書の中身を思い浮かべます。
今回取り上げるのはFC版令和の虎161人目、阿久津優氏の回です。43歳、東京都在住。29歳で渋谷・道玄坂にダイニング居酒屋を開業して約3年で廃業し、35歳で全品39円の焼き鳥業態を立ち上げ、その業態は現在、契約ベースで33店舗になっています。
2025年8月には第2ブランドとして大衆焼肉居酒屋「牛たん たんと」を開業し、約1年で直営1店舗とFC14店舗の計15店舗、2ブランド合計で約48店舗。依頼は、この第2ブランドを全国展開するための本部サポートです。
私は店舗不動産と出店を専門にしている人間で、飲食フランチャイズの当否そのものを裁ける立場ではありません。この回に出てきた材料は、業種を問わず自分の店の意思決定にそのまま使えるものばかりでした。番組本編と、別チャンネルが開業直後の店を訪ねた後追い取材の2本から7つ拾って、最後に店舗不動産の視点を1つ足します。
「牛たん たんと」の500円食べ放題は赤字覚悟の撒き餌ではない――最安で帰る客の会計は1,254円
まず値段を並べます。薄切り牛タンの食べ放題が500円、和牛カルビロースと和牛ホルモンミックスが各980円、3種全部で1,980円。飲み放題は980円から。お通し450円、レモンサワーとジムビームハイボールが190円。食べ放題は2時間制で、水は無料では出しません(ミネラルウォーターは有料)。客単価は約3,000円だと本人が語っています。
「500円は安すぎる」で終わらせると本質を落とします。安売りが店を殺すのは、安いものだけで完結して客が帰れるときです。この店は水が無料でない以上、どんな客も必ず何か1点は買うことになります。番組内で示された最安の会計は1,254円。お通し450円に、一番安いレモンサワー190円と牛タン食べ放題500円を足した金額へ、消費税が乗った数字です。そのうえで2時間座らせる。滞在が延びれば追加の飲み物が入り、平均は約3,000円まで上がる。500円は入口の看板で、利益はその後ろの導線が作っています。
明日やる一手は、自店のメニューを「集客商品」と「利益商品」に仕分けることです。そのうえで、一番安く済ませようとした客が何円で帰れるかを1回だけ計算してください。その金額が原価を下回っているなら、それは撒き餌ではなく出血です。
同じ物件で月商120万円が400万円超――「立地が悪い」と言う前に切り分けること
番組には実際のFC加盟店オーナーが出席していました。その店は元々焼肉店で月商が約120万円。「牛たん たんと」へ業態転換したあとは400万円超になっています。元の焼肉店が120万円しか出せなかったのは、それだけ集客が難しかったということです。審査側もそこを踏まえたうえで、「同じ立地で業態を替えただけで400万になる」という趣旨で正面から評価していました。
売上が落ちている店のオーナーと話していてよく出てくるのが、「この場所じゃもう無理です」という言葉です。立地が死んでいるのか業態が死んでいるのか、この2つを切り分けないまま立地のせいにしている。同じ物件で3倍になるということは、その場所には最初から400万円分の需要があって、前の業態がそれを取りに行けていなかったというだけの話です。人が歩いていない場所なら業態を替えても数字は動きません。人は歩いているのに自分の店にだけ入らないなら、死んでいるのは立地ではありません。
明日やる一手は、店の周りの競合店を、夜、自分の足で見に行くことです。周りが埋まっているのに自分の店だけ空いているなら、その物件は無罪です。責める相手を間違えている間は、何を変えても数字は戻りません。
厨房を1ブランド目と同じにする――「牛たん たんと」が看板だけ替えられる撤退設計
この回で一番拾うべきだと思ったのはここです。「牛たん たんと」は、同じ本部が展開する全品39円の焼き鳥業態と厨房が全く同じ設計になっています。本人は「焼き鳥が衰退して売上が下がったときは、看板だけ替えれば牛たんにできる」と説明し、審査側からは「衰退すると自分で言ってしまう言葉選びが下手だ」と指摘されました。指摘されたのは言い方であって、設計そのものは評価されています。
業態転換で一番お金が飛ぶのは厨房と設備です。排気ダクトの経路、グリストラップ、電気容量、ガス容量、給排水。この辺りを作り替えると数百万円が簡単に消えます。設備をそのまま使い回せる業態同士を最初から選んでおけば、その数百万円を払わずに商売を切り替えられる。これは攻めの設計ではなく、撤退コストを最小化する設計です。
明日やる一手は、自店の厨房や設備が別業態にそのまま転用できるかを紙に書き出すことです。転用できないなら、次の契約更新までに何を足しておくかを今のうちに決めてください。設備を足すのは営業しながらできますが、業態を替えたくなってから作り直すのは、たいてい資金繰りが苦しいタイミングと重なります。
広告費ゼロで8日間90万円――後追い取材が映した開業直後のリアル
別チャンネルの後追い取材が、開業間もない池袋店を訪ねています。2026年8月1日オープン、24席、90分制。取材時点で開業から約1週間、8日間の売上が約90万円でした。注目すべきは集客広告費がゼロだという点です。X経由の予約だけで、1日約50人が4日続き、その間は満席が3回転から4回転していたと語られていました。取材陣5人の会計は23,613円、1人あたり約4,700円です。
なぜ広告なしで埋まるのか。牛タン食べ放題500円という構成自体が、客が写真を撮ってXに上げたくなる材料になっているからです。最安構成のレシートを客が自分から投稿してくれるほうが伸びる、という話が番組で出ていました。開業直後に効くのは本部の看板でも広告費でもなく、「言いたくなる一点」があるかどうかです。良い店です、丁寧です、清潔です、をいくら積んでも人は投稿しません。投稿されるのは、数字か量か見た目のどれかが常識から外れているときです。
明日やる一手は、自店に「客が自分から撮って人に見せる理由」が1つでもあるかを確認することです。無いなら、価格・量・見た目のどれで作るかを決めてください。3つとも普通のままで口コミが増えないと悩むのは、順番が逆です。
研修3日で開店した店――「誰でもできる」の正体は判断を減らすこと
池袋店で研修を受けたのは、オーナー本人ではなく店長でした。本来2週間程度とされるところを3日で切り上げています。オープンまで日がなかったからです。そもそもこの業態は、先ほどの焼き鳥業態のオーナー向けに作られたセカンドブランドだと本人が説明しています。それでも3日で回るのは、オペレーションを見ると分かります。ホルモンは4種から5種のミックスで、あえて種類を分けない。発注と在庫管理の手間を減らすためです。現場で加盟の理由に挙がっていたのは、「火が通っているかを確認しなくていい、焼かせるだけだから」という一言でした。
番組では本人が「誰でもできる」と言ってしまい、審査側から「低価格の飲食こそ再現が難しい」と反論されています。この反論には私も納得しました。同時に、3日で開けられた理由もはっきりしています。再現性は働く人の腕を上げて作るものではなく、現場から判断の回数を減らして作るものです。焼き加減を店側が判断しない、種類を選ばせない、数える対象を減らす。判断が減れば経験の浅い人でも同じ結果が出ます。判断が多い店は、辞められた瞬間に品質が落ちます。
明日やる一手は、スタッフが「これどうすればいいですか」と聞いてくる場面を3つ書き出すことです。そのうち1つを、聞かなくても済む形に変えてください。マニュアルを増やすのではなく、判断そのものを消すのが正解です。
週7日・1日8時間で手残り60万円――フランチャイズの「投資型」を信じる前に
本人はこのフランチャイズを「投資型7割、自分で体を入れる型3割のイメージ」と説明しています。ところが出席した加盟店オーナーは、週7日・1日8時間ほど現場に入って利益60万円。審査側は「それならサラリーマンの方がいいのでは」「投資型なら手残りは出ないのでは」と指摘しました。番組資料の利益はロイヤリティ控除前で直営が約100万円、別店舗が30万円から40万円、もう1店舗が約60万円。その損益資料にも齟齬があり、審査側は再計算して数字が合わないことを突いています。FL比率も月によって40パーセント台から80パーセント台まで振れていました(80パーセント台の月は、オープン月の食材費が翌月に計上されたためだと本人が説明しています)。ロイヤリティは月額5万5,000円の固定制、志願者本人の直営関与は週5時間程度だそうです。
収支資料で最初に確認すべきは利益額ではありません。オーナーの労働がその数字のどこに入っているかです。この60万円についても審査側は「その人の給料を抜いていないだろう」と確認し、本人も抜いていないと認めています。その時間を人に任せるなら、任せた人の給与がまるごと引かれます。同じ「投資型」でも、月5時間の関与で語る人と、週56時間の労働で成立している数字を、同じ土俵に並べてはいけません。
明日やる一手は、検討中の資料の人件費欄に、自分が働くつもりの時間分の給与を入れて計算し直すことです。それでも残るなら本物です。残らないなら、それは投資ではなく雇用です。
結果はごめんなさいがゼロで、全員が協力を確約しました。ここから先は、私自身の専門領域の話です。
店舗不動産の視点――業態は替えられる、契約は替えられない
ここだけは断定で書きます。「看板だけ替えれば別業態にできる」という設計は、物件の契約がそれを許して初めて成立します。厨房が同じでも、契約書が許していなければ看板は替えられません。
見る場所は決まっています。使用目的の条項に業種や業態がどこまで細かく書かれているか。変更に貸主の承諾が要るか、承諾料が発生するか。造作の所有区分が誰にあるか。原状回復の範囲がスケルトン返しなのか、居抜きでの譲渡が認められているのか。定期借家か普通借家か。中途解約の予告期間は何ヶ月で、違約金はいくらか。この6点を確認しないまま契約した店が、業態を替えたくなった瞬間に動けなくなる。その場面をいくつも見てきました。使用目的が「焼肉店」と限定されていれば、同じ厨房のまま牛タンの店にすることさえ、形式上は貸主の承諾事項になり得ます。
ただし、開いたところで、その一行が自分にとって有利なのか不利なのかは、たいてい判断がつきません。判断がつかないまま押印された契約書を、私は何度も後から見せられてきました。読めることと、判断できることは別です。
開業費用の見方も同じです。この回では居抜きの物件取得が300万円から400万円程度、総額で700万円前後と説明されていました。これは入るときの金額でしかありません。原状回復がスケルトン返しなら、退去時にまとまった金額が別に必要です。居抜きでの譲渡が認められていれば、その造作を次の借主に売って回収できる可能性が出てきます。同じ700万円でも、契約条項の一行で最終的な収支は大きく変わります。
すでに入っている店にも「入るとき」は残っています。次の更新、再契約、移転。この3つが、条件をやり直せる機会です。
業態は1年で替えられます。契約は、その「入るとき」にしか決められません。店舗の賃貸借契約に関する業務を1,000店舗以上手がけてきて、ここを最初に確認しなかった店の後始末に、私は何度も付き合ってきました。判を押す瞬間だけは、あとから取り返しがつきません。
FC版令和の虎161人目に学ぶ、明日店に着いたらどれか1つだけ
この回の論点を並べます。最安で帰る客が何円払うかを設計しているか。立地のせいにする前に業態と切り分けたか。厨房が次の業態に転用できるか。客が投稿したくなる一点があるか。現場から判断を減らしているか。収支に自分の労働が入っているか。そして、その物件の契約が、これから先の変更を許す形になっているか。
全部を一気に見直す必要はありません。明日、店に着いたらどれか1つでいいです。一番早く終わって、しかも一番効くのは最後の1つです。契約書のファイルを開いて、使用目的の行と原状回復の行、その2ヶ所だけ読んでください。5分で終わります。読んでみて、その2行の意味が自分で判断できなかったら、それは人に見せるべき契約書です。
500円の牛タンに驚いて終わるか、自分の契約書を開くところまで行くかで、来年の選択肢の数が変わります。今日中に、ファイルの場所だけでも確認しておいてください。
※本記事は「FC版令和の虎」161人目・阿久津優氏の回(令和の虎Second)と、その後追い取材(フランチャイズチャンネル)を題材に、店舗経営者の視点で私なりに読み解いたものです。番組内の発言には要約・意訳を含みます。記載した番組の数値・経歴はいずれも番組内で語られたもので、解説部分の費用感は私の実務上の見立てです。
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